つくづく努力はしておくものだ

 そういえばこの夏の思い出のひとつは「カレカノ」を観たことだ。
 昔はぜんぜん興味がなかった。恋愛や青春ものが苦手で「彼氏彼女の事情」ていうタイトルが既に怖かったし、人間の裏表や見栄や自意識を扱っていると聞いてもうそれだけで重いと思って敬遠していた。そういう先入観があったからツタヤでDVD をレジに持っていくのですらひどく恐る恐るだったが、そうまでして観てみようと思ったのは主人公有馬の声をあてているのが鈴木千尋さんだったからだ(不純な動機)。鈴木さんを好きになったのは今年に入ってからのことだけど、以来、彼の過去の出演作を一つずつ観てゆくのがひそかな楽しみになっている。

 くだらない動機で観はじめたがほんとうに面白かった、ヒロイン雪野ちゃんは「表の顔は容姿端麗、才色兼備な優等生/裏の顔は他人に称賛される快感におぼれ、完璧な自分を演じる見栄王」という設定だが、この子がすごくパワフルでいやみなところがないのが気持ちいい。人前で自分を演じるとか本当の自分がどうとか、テーマとして深刻になりがちだし、わたしも設定だけ聞いたときはそういうドロドロを想像してびびっていたけれど、語りのテンポのおかげで気にならなかった。コメディのような軽快さと、そこにふっと混ざってくるシリアスさの塩梅が心地いい。

 というか表の顔を演じているとしても、それは別に本当かうそかの二択じゃないんだよな。ぜんぶ本当だしぜんぶ自分だ。グラデーションがある方が普通だ。
 仮面をはずして素をさらけ出すようになった雪野ちゃんに友だちができて、彼女たちが物語に参入してくるようになってからが、いっそう面白かった。成績優秀な雪野ちゃんだけじゃなくいろんな分野で活躍するいろんな子がいて、それぞれめざすものがあって努力していて。「ここでならわたしは輝ける」という何かをみんな持っていて、きちんとそれを自覚していて、それに気づいた雪野ちゃんの世界が、すっと広がるのがわかる。だれのこともないがしろにしない前向きな描写がすごくいい。雪野ちゃんは今までみえなかったものに対してまっすぐに感動できる子で、なんか人として「善」というか、「優等生」を演じることをやめてもやっぱり優等生だな。見ているこっちまで背筋が伸びそうで、いいなあと思った。お友だちのキャラクターもみんな魅力的ですきだ。
 それから、雪野ちゃんのせりふ「つくづく努力はしておくものだ」にぐっさり射抜かれたので、こころのなかの名言リストにそっと加えておいた。
 真面目さとか、まっすぐなものがわたしはすきなのだなあ、ということに気づいて自分で自分にびっくりしたし、上手に言えないけれど今この時期にこの作品に出会えてよかった。観るたびにいろんな楽しみかたができそう。次はだれかと一緒に観たいかも。

 当初の目的だったはずの鈴木千尋さんについてまったく語っていないが有馬くんはとってもかっこよかった。これがデビュー作だなんてちーちゃんはいい役もらったなあ。でも、かれかのはメインキャストの大部分がデビューしたての新人さんで、それがまたある種のみずみずしさや初々しさを作品に与えているのかもしれない。本谷有希子さんが声優としてしれっと出演していたりして驚く。
 なんか有馬くんがあまりにかっこよくて、第一話を観たその日の夜に夢にみた。夢の内容はほとんど覚えていなくて、でもなんか優等生風のやさしい男の子に親切にされる夢だった(?)。そして静かに満ちたりた不思議な気分で目が覚めて、根拠はないけどあれはぜったい有馬くんだった! と確信をもって思うのだった。